チーチェンの日記

転職と中国移住を中心に日頃感じたことを書いています。

結局人は何かに依存して生きている

無数のコンテンツが存在する現代。

 

人は知らず知らずのうちに何かに夢中になっている。

 

スマホSNS・ドラマ・ギャンブル・AV・ホスト・お酒…。

 

それはもはや依存になっていて、気付いたら抜け出せないような状態になっている。

 

なんとかその依存から抜け出そうと、何か良さげな趣味を見つけようとする。

 

ランニングしたり、英語の勉強をしたり、ゴルフレッスンを始めたり、サウナにハマってみたり。

 

しかしそれも詰まるところは、別の何かに依存する方向を変えているだけなのである。

 

多かれ少なかれ、人は結局何かに依存しながら生きているのだ。

 

「人生は壮大な暇つぶし」

 

ある程度の生活水準を保てる人にとって、人生は退屈との戦いなのだと思う。

 

お母さんがはまっているドラマも、おじいちゃんがはまっている盆栽も、あの人がやっているスマホゲームも、あの人が立ち上げたビジネスも。

 

周りへの客観的な影響に差はあれど、主観的には同じように何か使命感に燃え、何かを成し遂げようとしている点では、同じなのではないか。

 

何をしようと、本質的には退屈しのぎで、常に何か依存先を探しているようなものだ。

 

恐らく人は、何もするなと言われると、退屈すぎて死んでしまうのではないか。

 

そう思うと、毎日ウンウン頑張っている肩の力を抜いてもいいような気がする。

 

どうあがいても、結局は何かに依存してしまうのだ。

 

であれば大事なのは、何かに依存しようとしないのではなく、自分が何に依存しているのかを自覚するではないか。

 

そしてその依存の先に、自分や周りに有害な影響を及ぼしていないかを問うてみる。

 

有害な影響を及ぼさない限りは、好きに何をやって良い。

 

そしてせっかくなら、精一杯やってみる。

 

もしそれでハマらなければ、また別の何かを探せば良い。

 

それくらいの力の抜き具合で、色々な事をやってみるとどうだろうか。

 

どうせ人生は、死ぬまでの退屈しのぎでしかないのだから。

実は馴染みが深かった?メタ思考を表すあのことわざ

どうも、チーチェンです。

 

日系企業に勤める社会人3年目です。

 

以前、目の前の問題について俯瞰し、問題の本質に直接アプローチできる「メタ思考」について書きました。

 

 

chichen.hatenablog.com

 

ただメタ思考は、どこか難しくて掴みどころがないように思われているようです。

 

個人的な感覚としても、周りの人にまだまだ認知されていません。

 

ですが、実は意外と誰でも聞いたことがあることわざで、メタ思考を表しているものがあります。

 

そのことわざが

 

「人のふり見て我がふり直せ」

 

です。

 

意味は皆さんご存知かと思います。

 

要は、単に人の失敗をそのまま受け取って、批判したり優越感に浸ったりするのではなく、一歩引いて状況を俯瞰し、もし自分がその立場になったらどうするべきか、あるいはどうするべきだったかを考えるのです。

 

これは正しく「メタ思考」です。

 

実はメタ思考の使い方について、日本人なら誰しもが聞いた事のあることわざで表されていたのです。

 

なのでメタ思考はそこまで難しくて堅苦しいものではありません。

 

むしろ誰もがその意味するところは知っているのです。

 

そしてそういう目で見ると、身の回りには沢山の勉強素材が転がっているのです。

 

なぜなら仕事上での上司・同僚・後輩など全ての関わる人の一挙一投が、実は学びの対象なのです。

 

あとは自分がどれだけそれに気づき、学ぼうと思えるか。

 

自分一人だけでなく人の失敗からも学ぶ事で、圧倒的な成長スピードになるでしょう。

 

「人のふり見て我がふり直せ」

 

意外と身近なところにメタ思考はありました。

 

是非皆さんも実践してみてください!

「やりたい事」に正解はない

よく「〇〇がしたい」という人に対して、あれやこれやと批判したり、後ろ向きな事を言ったりする人がいます。

 

「転職がしたい」-「今の会社の待遇が良いんだからやめときな」

 

「海外で生活したい」-「日本が一番暮らしやすいんだからやめときな」

 

「芸人になりたい」-「そんな不安定な職業やめときな」

 

ただ私が思うに、「〇〇がしたい」「〇〇になりたい」というのは、もはやロジックの問題ではなく、その人がどう考え・どう思うかという問題です。

 

そしてそれはもはやその人の自由です。

 

他の人からサポートを受けたり、他の人に迷惑をかけたりしない限り、他の人がどうのこうの言う筋合いはありません。

 

「〇〇がしたい、以上」なのです。

 

「〇〇をしたい」と考えに至ったのには、自分からは見えないだけ、その人なりに考えた事、感じた事があったのでしょう。

 

本人がそう考えるのであれば、そこに理由なんて要らないのです。

 

その代わりに、その選択の結果は全て自己責任。

 

少なくともその覚悟は必要です。

 

ですが、そこに対してとやかく言う資格も必要もない以上、どうせならその決断を前向きに応援した方が建設的だと思います。

 

その人はあなたの意見が聞きたい訳ではなく、自分の決断を後押ししてほしいだけかもしれません。

 

そうやってただ後押して勇気を与えるだけでも、気持ちよく挑戦する事ができます。

 

仮に思い通りの結果にならなくても、それもまた良い経験になるでしょう。

 

それも含めて、うまく行っても行かなくても、全てその人が責任を負うのです。

 

そして人は、他人の事をとやかく言うのではなく、もっと自分がしたい事・やりたい事に集中し、エネルギーを注ぐべきだと思います。

 

自分のやりたい事に挑戦しながら、他の人のやりたい事に対しても応援できる。

 

そんな人がどんどん増えると良いな、と思います。

有失才有得

私の好きな中国語に「有失才有得」という言葉があります。

 

意味は「何かを失って初めて何かを得られる」です。

 

なぜ好きなのかというと、社会人になってつくづくそう思うからです。

 

-東京で働くために、地元の大阪を離れる。

-週末に仕事をしないために、金曜日に徹夜で残業する。

-次の日からの仕事に備え、友人との飲み会を早めに切り上げあげる。

 

どれも仕事関連ですが笑

 

時間は24時間、体は一つ、体力も有限です。

 

何もかもしたいですが、何もかもはできません。

 

何かを失うわなければ、何も手に入れられないのです。

 

大小あれど、人生は決断の連続です。

 

その一つ一つの積み重ねが、日々の人生となっていきます。

 

よく「何かをしたい」という人は結構いますが、その割には「何かを失う」という覚悟がない人がいます。

 

-簿記の資格を取りたいのに、平日仕事が終わってもだらだら携帯を見て過ごす人。

-ダイエットしたいのに、ろくに運動もせず高カロリーなものを食べ続ける人。

-転職がしたいのに、環境を変えるのが怖くて結局何もしない人。

 

しまいにはそんな自分を正当化するために何かを言い訳をして取り繕い、気が付けばそもそもの「何かをしたい」という思いさえなくなります。

 

失うものがなければ、得るものもありません。

 

いや、得るものはそこそこあったでしょう。

 

けれど、失うものもまたそこそこにあったでしょう。

 

それはそれで良いのだと思います。

 

何もしなかった人は、過程はどうであれ「決断をしなかった」という決断をしたからです。

 

そして、どう決断しようがその人の自由です。

 

大切なのは自分が何を失う代わりに何を得たのか、そしてそれが本当に自分が望んでいることなのかをよくよく考えることだと思います。

 

なぜなら、いざ現状を変えたいと思った時には既にその「変わる機会」さえも失ってしまっていることもあるからです。

 

なので人生の中で自分がしたいこと・やりたいことに向かって、自分はきちんと取捨選択はできているのか意識すべきです。

 

得たいもの、失うもの、どちらも捨てがたい時もあるでしょう。

 

また、どちらが正解かも分からない時もあるでしょう。

 

それでもしっかりと考えて、現状維持だとしてもそうでないにしても、ちゃんと自分で決断する必要があります。

 

そうすることで初めて人生を主体的に選択でき、後悔することも少なくなります。

 

一度きりの人生、どうせなら自分がしたいように生きたい。

 

そのためには何かを差し出す必要があるとしても、望むところです。

 

何かを「得る」ために思い切って何かを「失う」勇気を持ちたい。

 

そう思うのです。

世渡り上手?思わず仕事を教えたくなる人の特徴5選

どうも、チーチェンです。

 

日系大手に勤める社会人3年目♂です。

 

社会人3年目になって先輩という立場になり、恐れ多くも後輩に仕事を教える機会が増えました。

 

同じ教えるでも、この人にはついつい色々教えたくなる、と感じる人がいます。

 

そう言う人は結果的に仕事の上達が早くあっという間に戦力となり、周りから重宝されます。

 

今日は私が後輩を教えていく中で感じた、思わず仕事を教えたくなる人の特徴を5つ挙げたいと思います。

 

 

思わず仕事を教えたくなる人の特徴①反応がはっきりしている

何かを教えている時に、教わる側が理解したのかしていないのか反応がハッキリしていると、教える側は安心しますよね。

 

逆に反応が曖昧だと、次に進んで良いのか、もう少し説明した方がいいのか、どの辺が分からなかったのかが分からなくなります。

 

実は教わる側の理解が曖昧なまま、教える側も教えたつもりになってしまう、なんてこともあります。

 

もちろんその場で分かったつもりでも、いざやってみると分からなくなることもあります。

 

なのでうかつ分かった、と言うのためらわれるかもしれません。

 

ですが、それは教える側は百も承知。

 

一回教えてすぐにできるなんて思っていません。

 

実際やってみてやっぱり分からなかった、でも全然OKです。

 

ただせめて分からない場合、恥ずかしからずに聞く、あるいは分からないよ分かりやくす反応をしてくれた方が、教える側も教えやすく、結局は早いのです。

 

なので教えられている時、理解できたのか・理解できていないのかを素直にハッキリ反応した方が良いのでしょう。

 

 

思わず仕事を教えたくなる人の特徴②仮説を立てて質問してくれる

分からないことを質問をしてくれることで、教わる人のやる気を感じます。

 

しかも、ただ聞くのではなく自分なりに仮説を立てて聞いてくれると、しっかり自分の頭で考えたんだなと、よりやる気が感じられます。

 

やる気がある人に対して、教える側もついつい色々と教えたくなるものです。

 

仕事の本筋はもちろん、周辺知識や関連情報を伝えたくなります。

 

結果として教わる側も理解が深まり、早く身につきます。

 

ただ質問するだけでなく、事前にある程度の情報や知識を集めて仮説を立て、それを教える側にぶつけましょう。

 

そうすることで教える側もやる気が出て、周り回って教わる側の成長スピードも早くなります。

 

 

思わず仕事を教えたくなる人の特徴③教えたことをすぐに実践してくれる

仕事を教えることの目的は、最終的にその人が独り立ちして自分が出来るようになること。

 

何事もただ教えただけでは簡単に身に付かないので、実践することが大切です。

 

実践してみて初めて気づくこと・分かることがあるからです。

 

その一歩をすぐに踏み出すことで、成長スピードが圧倒的に早くなります。

 

そしてその姿を見て、教える側もやる気が感じられ、色々とアドバイスやサポートをしてくれます。

 

それをまた実際に生かす。

 

そうやって試行錯誤を繰り返すことで、自分なりの方法を確立し、いち早く独り立ちできるのです。

 

教わったことはすぐに実践してみましょう。

 

 

思わず仕事を教えたくなる人の特徴④教える側のペースに合わせて確認を求めてくれる

分からないことがあって聞いたり、自分でやってみて正しいかを確認してもらうことは大切です。

 

ただそのタイミングを、教える側の都合に合わせてくれると非常に助かります。

 

教える側も別の業務がある為、すぐには対応できなかったりします。

 

そこに割り込んで「〇〇を確認して頂けますか?」と来られると、すぐに対応しないといけないのかとストレスを感じてしまいます。

 

実際には調整すれば良いのですが、それもまた手間だったりします。

 

例えば「〇〇を対応しましたのでまたお手隙の際にご確認お願いします」と一言添えることで、教える側もストレスをあまり感じずに他の業務に集中できます。

 

そして気を遣ってくれた分、しっかり時間をとって対応してあげたいなと思えます。

 

何事も相手の立場になって考えられると、結果的に物事はスムーズに進みます。

 

教える側の都合を考えることも大切です。

 

 

思わず仕事を教えたくなる人の特徴⑤感謝の気持ちを伝えてくれる

教える側も教えるために時間をとっています。

 

教える前にも教える準備をしたり、分かってもらう工夫を凝らしたりしています。

 

それを教わる側が当たり前のようにただ聞くよりも、感謝の気持ちを伝えてくれると、教える側としてもやりがいが感じられます

 

-仕事を教えてくれた時

-確認をしてくれた時

-無事に仕事を進められ時

 

要所要所でしっかりと感謝を伝えてくれると、やはり心象が違います。

 

ポジティブな反応があると、人は気持ち良くなるものです。

 

そしてポジティブな反応をしてくれる人に、人はまた色々と親切にしたくなるものです。

 

感謝の言葉はよく口に出して言いたいですね。

 

最後に

いかがでしたでしょうか。

 

ここで書いたのはあくまで私が教える立場になって感じたことです。(なのでところどころ上から目線になっているかもしれません笑)

 

逆に言うと、仕事を教えてもらう時はこういう姿勢で臨むと良いんだなと思えます。

 

仕事を教えてくれる人とは良好な関係を築き、出来るだけサポートを受けたいですよね。

 

そのためにここに書いたことは、自分の中でも意識していきたいと思います。

情報社会を生きていく為に

今の時代、大量の情報が溢れかえっています。

 

気をつけなければ、それらの情報は私たちの処理能力を遥かに上回り、私たちはともすれば情報の海に溺れてしまいます。

 

-悲しいニュースを見て落ち込んだり。

 

-SNSでキラキラしている人の発信を見て羨んだり。

 

-友人の愚痴を聞いて暗い気持ちになったり。

 

気が付けば自分の感情も釣られてしまいます。

 

感情が動くことはダメだとは言いませんが、それが積りに積もって自分の心が疲弊したり、あるいは大事な情報処理の際の効率が落ちたりしては、もったいないです。

 

そうならないよう情報摂取には気をつけなければなりません。

 

情報を完全に遮断することはなかなか難しいかもしれませんが、全ての情報に過剰に反応しないよう、ある種のフィルターを通して情報を見ることはできます。

 

そのフィルターというのが「その情報は自分がコントロールできる事か」という事です。

 

日々大量の情報が入ってきますが、本当にそれはあなたが悲しんだり怒ったりする必要があるものなのでしょうか。

 

もっと言うと、悲しんだり怒ったりした先に何か意味はあるのでしょうか。

 

日常に入ってくるほとんどの情報は、意外とあなたの決められることではない、あるいはコントロールできることではありません。

 

そういった類の事に、一喜一憂していても何も始まらないのです

 

大事なのは、ただただ今自分がすべき事やコントロールできる事に集中するという事。

 

そして自分の出来る事や影響力を増やし、自分のコントロールが及んで初めてその事に悩んだり悲しんだりする意味が出てくるのです。

 

 

 

もし普段色々な情報に触れすぎて疲れてしまっているのであれば、まずは日頃からどういう情報に触れていて、自分が不必要な事に処理能力をを消耗し、心が疲弊していないか見直してみてはいかがでしょうか。

お金の不安・貯金の罠

どうも、チーチェンです。

 

日系企業に勤める社会人3年目♂です。

 

コロナ禍になってから、残念ながら旅行や外食の機会がめっきり減りました。

 

一方で、そうした出費が減ったおかげで貯金はある程度貯まってきました。

 

ですが、貯金はいくらあれば安心するのだろうか、とふと考えました。

 

今日は貯金について私なりに考えたこと書きたいと思います。

 

貯金はいくらあっても不安

貯金っていくらあれば安心なのでしょうか。

 

アルバイトが主な収入源だった学生の頃、百万円貯めるなんてよっぽど凄いことだろうなぁと思っていました。

 

ですが社会人になって貯金額は百万円を超えても、最初は喜びましたが、かと言って安心はしませんでした。

 

そこからいくらか貯金は増えましたが、口座の数字が増えるだけで、特に感情は変わらず、尚も不安は残り続けます。

 

何の不安なのかというのを突き詰めるとぼんやりとしているのですが、漠然と将来への不安、働けなくなった時・病気になった時の不安になるのでしょうか。

 

ではいくらあれば安心なのか。

 

とりあえず1000万円?

 

正直それでも手放しに安心とも言えなさそうです。

 

では1億円ならどうか。

 

何だか安心できそうな金額ではあります。

 

ただ、そこまで到達するにはかなりの道筋です。

 

また、仮に貯金額が1億円あったとしても、そこから全く働かないで1億円だけで残りの人生を送っていくとなると、何だか100%安心とも言えない気がします。

 

結婚したり、家族ができたり、親が病気になったりとか考えると、尚更です。

 

それ以上の貯金額となると、もはや貯めようと思っても貯められる金額でありません。

 

だとすると、どうやら貯金はいくらあっても完全に安心とは言えなさそうです。

 

結局収入があることが安心

では、どう言った状態が安心なのか。

 

あくまで仮説ですが、自分が稼げる限り、つまり収入が入り続ける限りは安心なのでは、と思います。

 

今も貯金額はまだまだ大したことはありませんが、そこまで大きな不安を感じていません。

 

ですが、万が一今働けなくなったら、仕事がクビになったら、と考えると途端に不安になります。

 

収入がなくなって、今あるお金を切り崩して生活していく状態が不安なのでしょう。

 

つまり貯金額がいくらあろうと、お金がそれ以上貯まる事なく減っていくという状態に不安を感じるのだと思います。

 

もちろんいざという時のために、貯金はあるに越したことはありません。

 

ですが大事なのは、仮に会社からクビにされようが、働き口はどこにでもあり、いつでも収入源を確保できるという状態にしておくということではないのでしょうか。

 

なので、若いうちはせっせと貯金を頑張るより、色々とスキルや経験を積むべきなのだと思います。

 

そしてどこにでも必要とされる人材になるか、あるいは独立して個人事業主になるなり起業すべきなのだと思います。